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アクマで私の意見を書きます。
賛否両論があるこの歌詞だけど、ぶっちゃけ私はあまり好きじゃない。
「お墓に居ない」それは私も信じられる。そんなヤツじゃないから。
アイツがお墓でじっとしてるなんて考えられない。
でも、「待ち合わせ場所」として私はお墓の前に行きたいと思う。そして、「逢えたね」って
泣きたいと思う。お墓はアンタの存在した、生きてた証だって思う。
でも、現実アンタのお墓には行けない私が居る。
まずは一周忌にならないと納骨しないとご両親は仰っていたから。それに、納骨されても、
お墓というより、お寺に預けて一斉に供養(?)するって言うやり方にするそうだから。
なので私に出来る事は、事故現場に花を供えて、お寺に行く事ぐらい。
アンタが生きてたって証の場所が、無いような気がする。
何か、、事故現場が待ち合わせ場所じゃあまりにも空しい。。アンタもきっとあんな恥かいた
所行きたく無いって思っているような気がする。
お寺も何か、、アンタ個人の思い出として薄い気がする。
そういう意味ではお墓に居ると思うなと言っているこの歌詞は救われる言葉だと思う。
が、、、どうもそこまで前向きになれない。やっぱり私はお墓の前で泣きたい。
お墓があったら・・・何度も通いたいって思う。
アンタは本当に風になって私の近くに居るのか?良く私は空を見たり、天井を見たり、探したりしてる
けど、、全然見えねぇ。。(当たり前だが)
何か精神体(?)の様な光でも、アンタだって思えるならそれで良いから見たいって思うのに見えない。
で、いつも「アンタが見えたら良いのに」って思ってがっかりする。
でも、、お墓の前だったら、アンタも来てくれてるって思える気がする。
もし、別の場所に居ても私がお墓に行ったら、「おっ来たな♪」って思ってお墓までワープして来てくれる
様な気がする。
お墓って・・・死んだ人の為じゃなくって、「生きている人」の為に必要なものだと思う。
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